色は匂えど散りぬるヲ

株式会社アジケ代表のブログ。清濁併せ呑むようなものが好物です。

UXデザインと保守主義

タイトルをご覧になった方は「?」となるかと思います。

 

今日は UX を体系的にしっかりまとめた記事というよりは日記のようなものだと思って読んでもらえればありがたいです。

(”逃げ”という溜まりがしっかりできましたw)

 

巷には UXデザインや UI に関する記事というのがよく出ております。

 

すばらしい見解や考察に出会えたり、なかには?な記事も見かけますが議論が進むことがとかくおもしろく、議論が活発になればなるほど、業界でのその品質というのも上がっていくのではないかワクワクしております。

 

そんな中、今日はちょっと違った視点で UX について自分なりにメモを書いていこうかなと思います。

 

最近、「アメリカのデモクラシー」という本を読みました。フランスのトクヴィルが書いた近代的な保守主義についての話です。

 著書の内容はフランス革命やアメリカの建国史などの話があるので、そのあたりを書くとややこしくなるので割愛しますが、トクヴィルの保守主義が大前提として何かというと以下のようなものです。

■トクヴィルの保守主義の前提は経験主義

(引用ではないですが、以下概要です)

人間は賢くない。頭で考えることはそれほど役に立たない。何を信じるかといえば、トライ・アンド・エラーでやってきた経験しかない。長い間、人々が社会に習慣として定着してきたものしか、信じることができない

 

だからこそ、これまでの慣習を少しずつ改良していけば世の中はよくなる。要するに、これまでやってきたことでうまくいっていることは変えてはいけない。まずいことが起こったらそこだけ直せばよい”

このような内容がトクヴィルのいう近代保守主義のポイントかと思います。

 

■なんだかUXデザインと似ている(ような気がする)

我々とグッと身近な話になりますが、UX デザインのプロセスを経るとき、特に初期段階では頭で考える部分が多いです。

 

もちろんユーザーヒアリングや仮説構築、またその仮説を複数出し、取捨選択の精度が高い場合に結果が出やすいという話もあるかと思いますが、その仮説の結果が想定とは大きく異るケースが多いと思います。

 

その時はやはりこちらじゃないか?みたいな異なる仮説をたてトライアンドエラーを繰り返し、ユーザーの体験を高められる方法を模索し、評価をするというプロセスがありますが、このあたりは上述した経験主義と似ているんじゃないかなと思います。

 

トクヴィルは過剰なイデオロギー(この場合は理性)に対してひとつの疑問を投げかけたと思いますが、我々の場合もサービスの理念や定石を意識しすぎるあまり、最適解から離れていっている可能性もあるんじゃないかなと。

 

そんなことを思うとUX デザインの仕事って大変だと思うときもありますが、やっぱり本質的な仕事だし、どの部分を押さえるとトライアンドエラーの精度が高められるのか地道な積み上げが必要だなーと思った次第。

 

推敲しません(なぜ見出しw)

ホント日記みたいな文章になりました。

 

UX の勉強をするなら”インターフェイスの心理学”とか”リーンUX”、そして業界で有名な人のブログを読んでおくことを激しく推奨でございます。

 

ちなみに「アメリカのデモクラシー」おもしろいです。

アメリカのデモクラシー (第1巻上) (岩波文庫)

アメリカのデモクラシー (第1巻上) (岩波文庫)